2024年03月13日

【日記】さよなら北海道。

5年間家族で過ごした北海道を離れる事になりました。
荷造りに追われながらこの日記を書いておりますが、
改めて目には見えない【時間】というものの大切さ、
その偉大さを実感しています。

お金はやっぱり大切だし、それがないと生きていけないものだけれど
時間がなければ「あんな事をやりたいな」という夢も抱けないものだと。

だからこそ、この時期は一瞬で未来を失ってしまった多くの人たち、
その家族を思うと胸が苦しくなります。
必死に生きて、時間を積み重ねて、前を向いて来られた方たちの思い。
決して同じ気持ちにはなれないけれど、あの日を思い出して命の尊さを
かみしめたり、「自分もしっかり生きていこう」と考えることは大切だと思っています。
あの日、岩手で暮らしていた一人の人間として。

子供たちも大きくなり、自分たちの手で「引っ越し」の準備を進めています。
友達に会えなくなること。
春には、違う場所での生活が待っていること。
小さな胸で抱える不安は、きっと僕たち大人よりも大きいのだろうと感じています。

この日記を子供たちが読むことはないと思うのですが、家探しの過程では本当に
辛いことが重なり僕は子供たちの前で涙を流す場面がありました。
日も昇らない暗い部屋で、まだ10にも満たない息子が僕に寄り添ってくれたことを
一生僕は忘れません。
笑顔で支えてくれた娘と、一緒に心から悩んでくれた妻への感謝を、一生僕は忘れません。

大人になっても親父になっても、きっと間違いなく死ぬまでずっと悩んで、
頭を抱えて、焦って、涙を流す、そんな人生だと思うのです。

ただ、それ以上に思い出すだけで胸が熱くなるような時間の積み重ねがあって。
妻と子供、家族を持てたこと、僕が今ひとりではない事に本当に感謝がこみ上げてきています。

何かのきっかけや偶然で、出会えた方たちや、今もこうしてつながっていられる人たちに。
ずっと、ありがとう。一生懸命走っていくので、笑いながら見守ってやってくださいと。
何も返せませんけど、どうかくじけたり悲しくなったり急に寂しくなった時に、
「あいつもなんか必死に頑張ってるしな」と、一歩かかとを動かすきっかけになれたのなら。

雪に埋まった後ろ足を大きく上げて、春に向かって走り出します。
家族4人の足跡を残して、新たな場所へ。

これからの、春に皆さんにも素敵なことがいっぱい待っていますように。
お祈り申し上げます。
posted by Muu.74 at 06:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年02月15日

【日記】ずっと変わらない。

我が家が北海道に引っ越してから、もうすぐ2年の月日が過ぎようとしています。
ちょうど2年前の今頃、会社から人事の内示がでて怒涛のような「引っ越し準備」が始まりました。
過ぎてしまえば何事も経験なのかもしれませんが、幼い子供たち、それぞれの目線と尺度で
辛い事もいっぱいあったのだろうなと感じています。

一番は何だろう、仲の良い友達との別れ。
思い描いていた彼らなりの未来が消えてしまった事だったのかもしれません。

来年も同じクラスになれると良いね、とか。

そういった、小さな子供の小さな胸いっぱいの希望であったり「夢」が、大人の都合で叶えられなく
なってしまったのだろうと思うと、それはやはり親としても辛い気持ちになります。

だから僕は、新しい土地でとにかく楽しもう、幸せにしよう(なろう)と決意して一歩を踏み出したのですが。
この決断は、幾度となく繰り返されるのだと。
度重なるたびに、家族の思いの分だけ重くなっていくのだと日々日々感じます。

無差別に無慈悲に襲い掛かる自然災害。
岩手で過ごしたあの日の不安、あの時は感じられなかった誰かの苦しさ、そういったものがこみ上げてくる週末でした。

災害だったり、病気だったり、或いはそれ以外の日常様々な場所に溢れている些細な不安やストレスだったり。

これからを生きる子供たちに、どうか楽しい事や幸せなこともいっぱい溢れていて、生きていることは本当に
素晴らしくて、君たちがいるから頑張れた、という事を伝えていきたいと思うこの頃です。

その為に、今の僕に何が出来るのか。

僕自身も、様々な不安を抱える中で。
毎日を笑う事が出来なかったとしても、しっかりと生きている姿を見せる事以外に無いのではないかと。

家族の大病を機に命の長さと向き合う事になり、出産、祖父との別れ、時間の積み重ねから成る「命」について
とにかく考えさせられることが多かったように感じます。

僕は本当に憶病なので、もし自分もいつか癌と闘う日が来たら、とかそんな事を考え出すといつでも不安になってしまって。
ただ、その代わりに時々急に毎日の尊さを感じて「ああ今日も皆生きててよかったよなあ」とか、
泣き出しそうになるほど毎日の大切さを思い出す事があって。

いつ日記を読み返しても、同じことばかり考えている気がするのですが「大切なものを見失わず、歳を取っていけるなら」
それできっといいんだよなと思いつつ。

毎日ちょっとずつ、楽しい事をつまみ食いしながら(たまにはお腹を壊しながら)
笑って生きていられる事に幸せを感じています。

だから、顔も声も知らない誰かでも、こうして接する事ができた人が幸せでいられたら。
それはきっと素敵だな、と思いながら。

どうか、襲い掛かる不安・辛さに耐える人たちが1日も早く笑えますように。
全てを祈れるほど大きな心ではないですが、せめて繋いだこの手は自分の力で守っていかないと。

父として、夫として。
posted by Muu.74 at 12:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年11月19日

【日記】針路、北へ。

皆様お変わりございませんでしょうか。
またもや、前回の投稿から一年近く経ってしまいました。

その間、やはり我が家には色んな事があり、色んな事が起き、色々と大変な事態になっていました。
いま僕はこの日記を、北の大地−北海道で綴っています。

お世話になっていた社長から【札幌で仕事をしてほしい】と告げられ。
3年間慣れ親しんだ長野の街に別れを告げ、
真冬の札幌でたった一日で住処を選び、
夫婦揃って一睡も出来ぬまま箱詰めに追われるという日々から、7ヶ月近く過ぎました。

大きな環境の変化。
それは家族にとっても大きな負担だった筈で。

新しい幼稚園に馴染めない息子は、暫く喧嘩の絶えない毎日でした。
怪我をして、怪我をさせて帰ってくる度に、重く、辛い食卓を囲みました。
小学2年生になった娘は、緊張感がみなぎる【転校生】としての毎日を過ごし、
嫁は寝る間を惜しんで家族の生活を支えてくれました。

自分に付いて来てくれたこと、今を共にこうして歩いていてくれる事。
あらゆる事を乗り越えたり、今も多分、ひっそりと悩みながらも頑張ってくれている事。
心の底から、感謝しなければいけないと思っています。

いつかこの暮らしにも終わりが来ると、そう考えながら生きています。
会社人として僕に与えられた役割、その為の住処と。
子供たちの将来を見据えたとき、ふさわしい住処と。
家族みんな一緒が幸せだけれど、きっとそれはいつかイコールにならなくなる。
そう考えながら生きています。

それに、僕の体もいつまで丈夫か分からない。
今特に怪しい様子はないけれど、事故や病気や災害は凄く残酷で、【夢であってほしい】と
願うような悲しみを突き付けてくるものだから。
昨日までの幸せや日常が、あっという間に変わってしまうものだから。
いつ悲しみが訪れても良いよう、後悔の無い人生を過ごすなんて。
それは後ろ向きな言い方も知れないけれど。

例えばスケッチブックみたいに、残り何ページを気にしていたら、きっと退屈な
落書きはしないだろうな、と。

3年前の引っ越し。
僕は日記に「この先向かう場所で絶対にあいつを幸せにする」と家族への思いを綴りました。

歳を取って今は、【僕もこの街でとことん楽しもう】と。
皆が笑わなきゃ、きっと幸せになれない。

安いテントを買って、星空の下で焚火をしながら家族でのんびり過ごしたり。
フェリーに乗ってクルージング・・の筈が全員船酔いでダウンしたり。
新しい思い出を皆で作る事に、夢中になっています。

仕事は、そりゃもう相変わらず大変で。
漸く慣れてきた頃に違う仕事、より難しい仕事を与えてくれるものでこれもまた試練です。
今日もまた、若い頃の僕だったら泣きベソかいて一晩中ギターを弾いていただろうな、というくらい
大変な事があったのですが。

今の僕は、父に戻る事で自分をリセットできるのです。

家族、我が家、帰る場所とはよく言ったもので。
僕もまたあるべき場所に戻す−リセットされてる。

それが長野だろうと北海道だろうと。
僕らが築いた家族4人、そこに揃っていればきっと頑張れる。

明日の僕らが、そう信じられるように。

posted by Muu.74 at 19:30 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記