2019年11月19日

【日記】針路、北へ。

皆様お変わりございませんでしょうか。
またもや、前回の投稿から一年近く経ってしまいました。

その間、やはり我が家には色んな事があり、色んな事が起き、色々と大変な事態になっていました。
いま僕はこの日記を、北の大地−北海道で綴っています。

お世話になっていた社長から【札幌で仕事をしてほしい】と告げられ。
3年間慣れ親しんだ長野の街に別れを告げ、
真冬の札幌でたった一日で住処を選び、
夫婦揃って一睡も出来ぬまま箱詰めに追われるという日々から、7ヶ月近く過ぎました。

大きな環境の変化。
それは家族にとっても大きな負担だった筈で。

新しい幼稚園に馴染めない息子は、暫く喧嘩の絶えない毎日でした。
怪我をして、怪我をさせて帰ってくる度に、重く、辛い食卓を囲みました。
小学2年生になった娘は、緊張感がみなぎる【転校生】としての毎日を過ごし、
嫁は寝る間を惜しんで家族の生活を支えてくれました。

自分に付いて来てくれたこと、今を共にこうして歩いていてくれる事。
あらゆる事を乗り越えたり、今も多分、ひっそりと悩みながらも頑張ってくれている事。
心の底から、感謝しなければいけないと思っています。

いつかこの暮らしにも終わりが来ると、そう考えながら生きています。
会社人として僕に与えられた役割、その為の住処と。
子供たちの将来を見据えたとき、ふさわしい住処と。
家族みんな一緒が幸せだけれど、きっとそれはいつかイコールにならなくなる。
そう考えながら生きています。

それに、僕の体もいつまで丈夫か分からない。
今特に怪しい様子はないけれど、事故や病気や災害は凄く残酷で、【夢であってほしい】と
願うような悲しみを突き付けてくるものだから。
昨日までの幸せや日常が、あっという間に変わってしまうものだから。
いつ悲しみが訪れても良いよう、後悔の無い人生を過ごすなんて。
それは後ろ向きな言い方も知れないけれど。

例えばスケッチブックみたいに、残り何ページを気にしていたら、きっと退屈な
落書きはしないだろうな、と。

3年前の引っ越し。
僕は日記に「この先向かう場所で絶対にあいつを幸せにする」と家族への思いを綴りました。

歳を取って今は、【僕もこの街でとことん楽しもう】と。
皆が笑わなきゃ、きっと幸せになれない。

安いテントを買って、星空の下で焚火をしながら家族でのんびり過ごしたり。
フェリーに乗ってクルージング・・の筈が全員船酔いでダウンしたり。
新しい思い出を皆で作る事に、夢中になっています。

仕事は、そりゃもう相変わらず大変で。
漸く慣れてきた頃に違う仕事、より難しい仕事を与えてくれるものでこれもまた試練です。
今日もまた、若い頃の僕だったら泣きベソかいて一晩中ギターを弾いていただろうな、というくらい
大変な事があったのですが。

今の僕は、父に戻る事で自分をリセットできるのです。

家族、我が家、帰る場所とはよく言ったもので。
僕もまたあるべき場所に戻す−リセットされてる。

それが長野だろうと北海道だろうと。
僕らが築いた家族4人、そこに揃っていればきっと頑張れる。

明日の僕らが、そう信じられるように。

posted by Muu.74 at 19:30 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年11月26日

【日記】ゆかり。

大変ご無沙汰してしまっており申し訳ありません。
前回の投稿から一年近く経ってしまっております。
その間、それはもう色んな事があり、色んな事があったのですが僕も家族もひとまず元気です。

−急に、久しぶりに筆を取ったのは心を動かされる出来事があったからに他ならなくて。

家族そろって、我が家での夕食。(出張明けなので僕も早めに直帰)
娘の日課は、ごはん・おかずを全部綺麗に食べてからごはんをお替りする事。
彼女の楽しみは、「ふりかけご飯」。
おかずを全部綺麗に食べた人だけだよ、という嫁が作ったルールは一度たりとも破られることなく、
我が家における「ふりかけご飯」は見た目に反して子供たちにとってのご馳走になっているのでした。

選べる楽しみがあるように、と嫁はいつも2〜3種類のふりかけをストックしていて。
今日、娘は大好物の「ゆかり」を手にしたのでした。

サッ、サッ、サッ、ザッ。

嫌な音がして振り返ると、そこには床に散らばったゆかり。
袋の中には、もう残っていませんでした。
弟4才は「ぼくも食べたかったのに・・」と嘆くばかり。
娘は、「ごめんなさい、袋がさかさまになっちゃって・・ごめんなさい」。

ちゃんと謝れたからいいよ、今度から気を付けなよ。
おしゃべりしながらかけちゃダメだろ、気を付けなよ。
そう声をかけてからも、彼女は沈んだ顔で。
何かをじっと見つめているのです。

僕より先に、嫁は彼女の視線の先にある1つの置物に気が付いたようでした。
それは、昨日はじめて我が家にやってきた彼女のための「貯金箱」。
そこには、彼女が初めて手渡しでもらった自分のお金(50円玉 1枚、10円玉6枚)が入っていました。
手のひらいっぱいの小銭を嬉しそうに受け取った笑顔が、微笑ましかったです。

その理由は、近所のスーパー銭湯。
そこの入浴券を彼女が当てたので、料金100円分を「彼女が得する」形で還元した、
初めてのお小遣いだったのです。
※弟はお菓子をくじで当てて、自分の利益に直結したのですが娘は彼女自身の利益に繋がらないので
 嫁と相談した結果100円をあげたのでした。

彼女は、まだ6歳の彼女は、もらったばかりのお小遣いでゆかりを買おうとしていたのでした。
それに気づいた瞬間
なんだか、言葉が出なくなってしまって。

「じぶんがやった悪いことは、じぶんの責任なんだよ」
6歳の娘が、小学校でそう習った、と泣きそうな顔でそう呟くのです。

時には弟に意地悪したり、生意気も言う娘ですが。
ただ、この出来事ひとつだけで、僕は彼女を誇らしく思えた。

「ふりかけは、また買ってくるから大丈夫。大丈夫だよ」
そんな言葉しか出てこなくて。

ゆかりを食べたかった弟に、ごめんね、と謝る娘の頭を撫でるので精一杯でした。

あの貯金箱には、50円玉が1枚と、10円玉が6枚。
いつもの100円ショップに行った時に、ちゃんと買い物ができるようにとお母さんが
10円玉を1枚足してあるから。

君の好きなものを、自分のために1つ選んで買うと良いよ。
それがどんなものでも、決して笑わない。

見た目よりも、ずっとずっと大きくなった彼女と。
僕は、心の中で、そう約束したのでした。

posted by Muu.74 at 23:00 | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2017年12月13日

【日記】つながる時間

皆さんこんばんは。
今年最大の寒波がニュースを賑わせていますが、出張先の新潟で見事に雪に見舞われました。
路面凍結と猛吹雪を乗り越え、やっとの思いで帰宅した僕を待っていてくれたのは家族でした。

数日間家族と離れると、(本当はいけないんですが)すっかり頭が仕事モードになっていて。
まして、数百キロの緊張を伴う運転から一気に解放されると脳みそが付いていかなくて。

玄関で駆け寄ってくる小さな子供二人の頭をなでながら、
「あぁ、これ俺のこどもか・・」
なんて思わず感慨深くなってしまう訳です。

以前から。
半年に一度くらい、頭の中の時間軸がすっぽり「父親になる前の自分」になってしまうことがあって。

いやあ、自分にこんな大きな子供がいるなんて信じられないな、とか。
こいつ、俺のこと「おとうさん」って呼ぶぞ、とか。
なんだか自分以外の違う生き物と暮らしているな、とか。

あぁ、この生き物は僕が居ないと死んじゃうんだな、とか。
小さい体を風呂で洗ってやりながら、思うわけです。

娘は、幼稚園でこんなことがあったよ、とか。
息子は、相変わらずライトニングマックイーンがどうのこうの、とか。
いつもだったら、「うるさいな」「少しはゆっくり風呂浸かりたいわ」と聞き流すのですが
5歳と3歳の子供が、久しぶりに会った自分の、父親と、言葉を交わしたいという欲求が
ストレートに伝わってきて、ただひたすら頷いてしまう訳です。
あぁ、本気で僕と話したいんだなと。
もう本当にどうでもいいような、昨日みたテレビの話とかを真剣に語る姿に。
あぁ、よくわからないけど僕と話したいんだなと。
嬉しくなるじゃないですか。

あの日、真っ黒な背景に白い塊がモニターの向こうで、もぞもぞ動いていた日。
嫁のお腹で小さく動くその生き物が、世の中に「こども」と認められた日。
僕は、わぁわぁ泣いて喜んだわけです。

その生き物が、僕たち二人が名前をつけたその生き物が、大きくなって僕を
「おとうさん」と呼ぶ。
いったい君たちはどこから来たんだろうか。
毎日ずっと見つめてきたはずなのに、時間を点と点で結ぶと目の前の事実が
唐突に信じられなくなる訳です。
あのミジンコみたいな豆粒だった生き物が。
すっかり人の形になって、目の前で、おとうさん、と僕を呼んでる。

なぜ、僕を「おとうさん」と呼ぶのだろうか。
あぁ、この子たちにとってそれが僕の「役目」なんだな、と。
一緒に泣いて、笑って、駆けずり回って、時には喧嘩して。
君たちが生まれてきてくれたおかげで、僕はきっと「誰にも代わりが務まらない」存在になれた。
君たちが生きていてくれるおかげで、死ぬまで、いや死んでも僕は「おとうさん」でいられる。

音楽の才能も絵の才能も、努力も中途半端でそういう意味では子供のころの夢なんて
何一つかなえられなかったんだけれど、この人生はなんて素晴らしいんだろうってそう思える。

嫁の腹を撫でて、「ここに、いたんだな」。
出張から帰って突然そんなことをする旦那に、「居たねえ」と笑う嫁。

10代のころには、本当につまらないことで頭を悩ませて何度死んでしまおうかと
思っていたそんな香ばしい生き物でしたが、今こうして生きててよかったとそう思えるのです。

そして、ひとつ訂正するならば。
僕自身が、生まれたその日から。
両親にとって、僕はすでに「誰にも代わりが務まらない」存在だったのだろうと。
僕にとって、子供たちがそうであるように。
馬鹿な子供だったあの頃はそんな事に気づけず何度も反抗してきた。
俺もいっぱいぶたれたから、今更ごめんねは良いよね。

美味い酒、買って帰るから。
ありがとう。俺を産んでくれて、ありがとうね。
降り積もる雪を窓の向こうに眺めながら、ちょうど4年前の今頃、癌と戦った母を思い出す。
つながる時間、受け継がれていく命の温かさを感じながら。

そう、生きてる。
posted by Muu.74 at 22:46 | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記