2017年12月13日

【日記】つながる時間

皆さんこんばんは。
今年最大の寒波がニュースを賑わせていますが、出張先の新潟で見事に雪に見舞われました。
路面凍結と猛吹雪を乗り越え、やっとの思いで帰宅した僕を待っていてくれたのは家族でした。

数日間家族と離れると、(本当はいけないんですが)すっかり頭が仕事モードになっていて。
まして、数百キロの緊張を伴う運転から一気に解放されると脳みそが付いていかなくて。

玄関で駆け寄ってくる小さな子供二人の頭をなでながら、
「あぁ、これ俺のこどもか・・」
なんて思わず感慨深くなってしまう訳です。

以前から。
半年に一度くらい、頭の中の時間軸がすっぽり「父親になる前の自分」になってしまうことがあって。

いやあ、自分にこんな大きな子供がいるなんて信じられないな、とか。
こいつ、俺のこと「おとうさん」って呼ぶぞ、とか。
なんだか自分以外の違う生き物と暮らしているな、とか。

あぁ、この生き物は僕が居ないと死んじゃうんだな、とか。
小さい体を風呂で洗ってやりながら、思うわけです。

娘は、幼稚園でこんなことがあったよ、とか。
息子は、相変わらずライトニングマックイーンがどうのこうの、とか。
いつもだったら、「うるさいな」「少しはゆっくり風呂浸かりたいわ」と聞き流すのですが
5歳と3歳の子供が、久しぶりに会った自分の、父親と、言葉を交わしたいという欲求が
ストレートに伝わってきて、ただひたすら頷いてしまう訳です。
あぁ、本気で僕と話したいんだなと。
もう本当にどうでもいいような、昨日みたテレビの話とかを真剣に語る姿に。
あぁ、よくわからないけど僕と話したいんだなと。
嬉しくなるじゃないですか。

あの日、真っ黒な背景に白い塊がモニターの向こうで、もぞもぞ動いていた日。
嫁のお腹で小さく動くその生き物が、世の中に「こども」と認められた日。
僕は、わぁわぁ泣いて喜んだわけです。

その生き物が、僕たち二人が名前をつけたその生き物が、大きくなって僕を
「おとうさん」と呼ぶ。
いったい君たちはどこから来たんだろうか。
毎日ずっと見つめてきたはずなのに、時間を点と点で結ぶと目の前の事実が
唐突に信じられなくなる訳です。
あのミジンコみたいな豆粒だった生き物が。
すっかり人の形になって、目の前で、おとうさん、と僕を呼んでる。

なぜ、僕を「おとうさん」と呼ぶのだろうか。
あぁ、この子たちにとってそれが僕の「役目」なんだな、と。
一緒に泣いて、笑って、駆けずり回って、時には喧嘩して。
君たちが生まれてきてくれたおかげで、僕はきっと「誰にも代わりが務まらない」存在になれた。
君たちが生きていてくれるおかげで、死ぬまで、いや死んでも僕は「おとうさん」でいられる。

音楽の才能も絵の才能も、努力も中途半端でそういう意味では子供のころの夢なんて
何一つかなえられなかったんだけれど、この人生はなんて素晴らしいんだろうってそう思える。

嫁の腹を撫でて、「ここに、いたんだな」。
出張から帰って突然そんなことをする旦那に、「居たねえ」と笑う嫁。

10代のころには、本当につまらないことで頭を悩ませて何度死んでしまおうかと
思っていたそんな香ばしい生き物でしたが、今こうして生きててよかったとそう思えるのです。

そして、ひとつ訂正するならば。
僕自身が、生まれたその日から。
両親にとって、僕はすでに「誰にも代わりが務まらない」存在だったのだろうと。
僕にとって、子供たちがそうであるように。
馬鹿な子供だったあの頃はそんな事に気づけず何度も反抗してきた。
俺もいっぱいぶたれたから、今更ごめんねは良いよね。

美味い酒、買って帰るから。
ありがとう。俺を産んでくれて、ありがとうね。
降り積もる雪を窓の向こうに眺めながら、ちょうど4年前の今頃、癌と戦った母を思い出す。
つながる時間、受け継がれていく命の温かさを感じながら。

そう、生きてる。
posted by Muu.74 at 22:46 | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記